『パラドックス!(逆説)』

  • 2018.09.29 Saturday
  • 05:16

逆説(パラドックス)・作用反作用の存在・法則に気づいたのは、勉強より本や聖書を読むことが好きだった落ちこぼれの高校生時代に「自己実現シリーズの本」を読んでいた最中でした。

「守ろうと固辞すると失い」「得ようと必死になっても中々得られない」「やらなければと計画を立てても実行できない」という自覚的失敗体験を何度かした後に『自分が意味を感じていないものや好きでない事には本気になれない』『本当に必要なものは必ず与えられ、満たされる』『目の前に起きる事を全身全霊で取り組むことで人生は進んでいく』ことに気づいたのです。

「自分自身を守ろう」としなくても、私達は「既に天に守られ愛され生かされている存在である」ことに思い至って、原因である『信じ受け入れられる意識の覚醒』をするだけだと何となく分かった気がしたのです。

「手に入れよう」と本気で思うなら、すでに「得ている、与えられたという喜びと感謝の気持ち」を持って行動することでした。

原因である本体は、「現象・現実ではなく、その奥にある想い」だからです。

           ☆

無い物ねだりの「幸せになりたい」「人に認められたい」「愛する人、ベストパートナーと出会いたい」「病気を治したい」「お金持ちになりたい」と頭で考えると、なかなか現象化しないのは、「欲しいと願うこと自体」が、その欲しいという「不足や無い」と心が受け入れているという状態だからです。

それで、その受け入れている「無いという状態の心を現象化して」、なかなか欲しいものが手に入らない事で、頭で考えた目的は達成されないという逆説が働いてしまうのです。

           ☆

願うこと自体の中に、そのものが自分には無い、ふさわしくない、不足しているという低いエネルギー状態にいるからです。

思えば思うほど、願えば願うほど外部状況は「無いという原因の想い通り」に「無いという状態・状況」を現象化し続けるのです。

たとえ心底の想いに反して、無理をして欲しいものを手に入れたとしても、そのギャップが問題やストレスの原因となって不本意な体験を呼び寄せます。

           ☆

愛する人があらわれないのは、それはもっと自分自身を愛し信じなさいというお知らせかも知れません。

内が先で外は後で、内が外に現れるだけだからです。

現象化の原因体である「内部条件・内部実感」をまず満たすのが先です。

油断なく喜びのプラスエネルギー状態で生きていれば、病気や事故、災難やどんな問題も解決することができ、大難は小難になります。

           ☆

「外部に期待をすると裏切られます」期待ではなく、無心で絶対の無条件で、本気で取り組みます。

なぜなら自分自身が幸せになるために、外のものは必要ないからです。

自分の事を決めることが出来るのは自分だけです!

「決めること」「選択すること」「行動するだけ」

未来への不安や怖れは有って無いものだから、今を幸せで楽しめば、未来も豊かで喜ばしいものになります。

『今ここの最善を生きる』この単純なことがなかなか実行できないのです。

           ☆

頭の中にある願いや目標は、紙に書き出して整理しまとめます。

頭は、アレコレと自分勝手に矛盾したことも平気で考えます。

紙に一点の願いを書き出したら「なりたい、欲しいという願望」をまず頭から手放して、もうすでにそうなっているという気持ち、想いの感覚で過ごしていれば、自分にとって一番いい時期に、必要は現象化し満たされます。

無くした物を探す時に、一度意識から外して、別の事をしたりして「無いという意識を忘れていると」フトした何かの拍子に「こんな所に有ったのか」と見つかるのと一緒で、欲望や願いは、紙に書いてから、頭から外して忘れると叶いやすいと言われる所以です。

           ☆

心の「想いが原因」で、「結果として現象化しています」

この心の想いの元となっている「自分は奥底で何を信じているのか」自分の考え・思い込みをチェックして、真に望む現象となる考えに、信念を変えていきます。

欲しいと思った時点で、心では「そう願うこと自体が、無いと信じている事になる」からです。

先に、今もう既に欲しいものは満たされ持っているという喜びや感謝の豊かな気持ちで行動します。

恋人の欲しい人は、すでに恋人と共に時間や生活を共有しているように最高の自分でふるまい楽しみます。

お金が欲しい人は、そのお金を何に使いたいのか、使いたいものが既に側にあるように、現実化しているようにイメージして過ごします。

           ☆

もっと極論を言えば、真に欲しいものを手に入れたり、自分らしい生き方をする為のポイントはたった一つです。

狭く自分中心の勝手な思い込みの自我(エゴ)から抜け出して、大我(真我・無我・宇宙本体との一体感・損得を超えた無条件の愛・ニュートラルな感覚・悟り意識・空<くう、在って無い>・プラスエネルギー状態)の一元感覚に心をつけていることです。

このニュートラルの一元感覚は、全てを生み出すことの出来る純粋なエネルギーの大元です。

その為の道具として、現実・現象世界には五感(感情)を通して色んな知識や情報を知り、仕事や人間関係での体験を通して智慧と無条件の愛に昇華し、人生を豊かに積み上げて楽しみ、意識感覚は精妙になっていきます。

           ☆

一元感覚に今いるのかをチェックし、今ここや原点に戻るための私のリフレインキーワードです。

『天よ地よ諸天善神、デーバー方(妖精・天使・精霊)、ご先祖様、縁ある方々ありがとうございます。
生きとし生けるものの成長と幸せのお役に立ち、意識進化に貢献させて頂きます。
すべては一つ、今ここが全てです。今、完全に豊かに満たされています。
いつも最善が起きて生かされ、ありがたく感謝いたします。

最高の環境の中で、喜びと感謝と願い、美しさと清潔さの表現、豊かな生活をありがとうございます。』

           ☆

暑さで象徴されている新しい太陽エネルギーの波動、良く降る浄化の雨や風に、皆さんはどのように慣れておられるのでしょうか!

私は、太陽光がまぶしくて、レースのカーテンでは間に合わなくて、夏なのに厚いカーテンも使って仕事をしていました。

そして少しずつ新しいエネルギーにも慣れ、意識感覚が変化していると気づき感じる体験をさせてもらっています。

火(太陽の暑さや熱の熱さ)や水(雨や洪水)は古い因習の浄化、宇宙的な進化・変化だと言われています。

          ☆  ☆

私自身は、子供の頃の虚弱体質や人見知りだった頃を今また再体験し、これらを「在るがままでOKと意識的に受け入れること」で、今までに味わったことのない不思議な喜びや安心感の感覚を味わっています。

生活の一つ一つを意識的にゆっくりと味わい、五感の新しい肉体感覚を味わっています。

例えば睡眠時間の長さや、眠むる時間帯が日々変わったり、意識感覚が精妙に成ったり、日常生活がシンクロやデジャブの連続の様であったりと、刻々が、価値観の変化から選択するものも、その時々で違っていて、油断が出来ないと言いますか、変化が楽しくて、自分自身が『心から喜べる事を』選択や行動の目安にしています。

一つ一つの時々刻々の体験を、その都度一体感覚で精査している感じでもあります。

過去や未来を含んでいる「今いま」を総ざらいし、「何でもすべてOKだ」と感じたり、成長の脱皮速度が何だかとても早くて、自分であって自分ではない様な面白い不思議な感覚を体験しながら、体験したい事や予定などとバランスを取っています。

今までに頑張ってやっていた事が自然に自由にすんなりと出来たり、時間が足りなかったり、選択しないでパスしてきた事を短時間で簡単に体験していたり、小さなことの中にとても大事な事だと気づけたり、波乱に満ちた生まれてからの冒険の旅の体験が、すべて「今ここ」に至るための魂の選択であったことに思い至り、ますます一人の世界にはまっているようでもありながら、宇宙全体や全世界と人を含んだ多くの生きとし生けるものとの一体感をここにいながら体験させてもらっています。

何も欲しがらなくても冒険は向こうからやってきて、なすべき役割りが一つに絞られています。

今は、最後の「なすべきだと感じる義務感の卒業」に対峙し、この肉体がある間に経験したい事は新鮮に?楽しく体験しておきたいと思います。

魂の無限の進化の中で起きて来る事を、素直に「体験していく」ことだけなのでしょう!

今までは、これが最後の体験だと思って、何でもキッチリと最後まで味わいやり遂げたかったのに、今は「まあここまででいいか」とか「次の機会があれば、その時に」と一点集中の部分観よりも、流れに任せた全体観?で選択でき楽しめるようになりました。

私の転換期の身体的な変化の特徴は、髪がよく抜ける時期や、汗で毒素が抜け出たり、食べる時間や回数、食べ物の好みが変わったり、3時間寝るとパッチリと目がさめたり、眠る時間も決まっておらず自由にしています。

それで、予定表と時計(携帯電話)、時代が今どこまで進んでいるのかを知るためのパソコンは手離せないのです。

小さなゴミや汚れがよく目につき、今まで当たり前だと思っていた事が曖昧になったり、あれが良くて、これはダメという考えがなくなり、心のままに今までとは違う選択や体験を「同じ時や事柄は無いんだな」と再確認することもあります。

好きな物事に対しては、飽きるまで繰り返し体験をするのがクセですが、この卒業のサイクルが早く、体験する前にこの事は何がポイントなのか、どんな感覚や味覚に興味関心があるのかを考えるからか卒業が早くなったようです。

これらが脱皮の合図みたいなもので、これまでには考えてもいなかった視点や出会いの体験が始まっています。

一人で居て味わう人間社会を含むこの大自然の豊かさや生きることの素晴らしさは、何とも美味で幻想的で至福の瞬間です。

飽きるまで食べ物や自然、アートや科学文明の発見を楽しむのですが、例えばガーデニングでは、震災時に大好きなヒマワリが放射能を消化・浄化すると聞いて2年〜3年は、庭中の植えられる所をヒマワリで一杯にしたり、好きなコスモス、ほのかに香る昼顔、シラン、菜の花、高砂ゆりなど、その時期に気になった好きな花を集中的に庭中を埋め尽くして飽きるまで味わってきました。
そして、それぞれの美しさに慣れ親しんだ今は、それぞれの草花が果樹や花木と共に適度に庭を彩ってくれています。

           ☆

ここ一週間前から、庭のキンモクセイたちがほのかに香っています。

春の柑橘類の花の香りも素敵ですが、キンモクセイの香りは身も心もとろける様で、そのくせ凛とした覚醒感覚がバックにあるような感じがして大好きです。

本質学研究所には二本のクリの木があるのですが、今年は大きい実がなる木の方が豊作で(研究所の多くの果物の木は一年おきにたくさん実をつけてくれます、)毎年栗ご飯をみんなで頂くのですが、今年は北海道から送って頂いた小豆があったので「クリ赤飯おこわ」にしてみました。とても美味しかったです。

世界一周の船旅をしてきた花友が、リクエストしていた本場のキムチとマッコリなどを持って来てくださって、会食をするのに合わせて、クリ赤飯おこわや果物 タイのお刺身やカマスの南蛮漬け(湯河原駅近くには朝獲りの新鮮で安価な魚屋さんがあります)などを楽しみました。

初体験のマッコリは、少し酸っぱくて酵素が生きているそうです。
友だちもお酒には弱いのですが、無口な人もお酒が少し入ると雄弁になるので、たまにはのお楽しみタイムでした。
何よりもキムチがとても美味しく、マッコリとベストマッチでした。

本質学研究所の下の東海湯河原駅構内から聞こえてくる案内のアナウンスは、親切で分り易くス―ツと軽く理解できて後に残らず、仲間の様な感じがして、日本人の見本・手本の様で・・聞くたびに何だかうれしく、心温かく励まされます。

この良き時代を選択して生まれて来られた皆さんも、目の前のなすべき事を楽しまれて、喜びと感謝の豊かな生活を満喫されます様に!!

書き溜めてしまって、長文になってしまいました。
興味のある処を読んで下さい。

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  • 2019.02.21 Thursday
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