『陰徳について!』

  • 2018.07.12 Thursday
  • 08:09

私は、仕事の生業の根底として、その人の探究心からの本気での質問には、その人が意識的に感じ取れていない潜在意識の中にある答えを、無心になって写し感じとって対話セミナーをしてきました。

問いを発する時には、同時に、その答えも一緒にあるからで、私の知らない、学んだことのない専門的な知識も感じ取ってお伝えすることが出来ます。

この新しい知識の対話体験の醍醐味は、冒険好きの私を仕事にのめりこませました。

これらの知識の積み重ねから、一つの事に精通して真髄(中心ポイント)を掴めば、全てに通じるのだと気づきました。

また、その人が求めておられる度合い、真剣さに応じて、答え!の度合いも決まってくるように思います。

この能力は不思議でも何でもなく、誰でも開発できるようで、私は沢野所長さんについて、行と仕事を通して磨き出させて頂きました。

私たち人間は意識的な存在なので、まず、本気で「仕事をして」集中力を高めて、肉体と思考をコントロールし⇒「瞑想」で心とつながり⇒「三昧状態」を極めて魂とつながります。

先人たちが体験を通して残してくれた聖典や古典などが、必死で探究・修行する私たちを導いてくれたように、この体験のプロセスを経験する人が増えることと、時代的にも、若い人を見ていると、仕事への無私の本気の取組みや深い人間関係の関わり、つながりを通して、意識は開発され、持って生まれた・宇宙本体・宇宙全体の知恵・叡智が、時代や新しい場において開花していくようです。

「徳ですね」
徳にも、悪徳(無知や自分本位やいじわる)と善徳(陰徳)があって、「善徳あれば陽報あり」と昔から云われていますように、損得や見返りを求めないで良心(魂)からの発露として、人知れず周りや時代の役に立っていれば、イザという時に、自らの道を照らす指針や直観として、また困った時には、天は声を発しませんが人を通して必ず助けられたりします。

宇宙摂理に間違いということはなく、また、私たち生きとし生けるものは、どんな困った時にも、必ず道は用意されていると感じています。

古い時代の因習にとどまっている人や地域の浄化は、「尊い犠牲の役割り」と心して、自らに油断は無いかと問い、心新たに自らの道を一つ一つ大切に、この奇跡のような地球人生を体験させて頂いています。

私は女性の体でありながら、男性の気性を持ち、日々の一つ一つの行動を、いつも新しい思いで、冒険の選択をして来たように思います!

それでか、男性だからとか、女性だからという性差を余り感じることはありません。

もちろん、若い頃には肉体本能の持てる楽しみや喜びは十分以上に!楽しませて頂きました。

いつも本気なので、後悔はありませんし、人の評価も余り気になりません。

人は誰でも、その人が体験したい事をしているだけだといつも思って見て、感じています。

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  • 2018.10.19 Friday
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