本質学テキスト|羶瓦鯆蠅瓩得犬る

  • 2016.12.06 Tuesday
  • 08:30
1中心を定めて生きる [今という時代] *21世紀にかけては、私達が知りたいと思う情報は、その気になれば入手することができ、いろんな分野の知識を知ることのできる時代でした。 21世紀からは『知る時代』から、本心の願いに合ったことを《する事》を通して『成る時代』であり、人間の本質や人生の実質を求めて生きる時代を迎えています。 情報が開示されて、広く行き渡り便利になったということは、より洗練された高い質を求められるということです。 品質やサービス内容、人間の在り方においてもハードルが高くなります。 情報の収集力や識別力、洞察力の知恵から、価値の格差や特質を創造し生み出していきます。 頭から生み出された部分感の専門家では生み出せなかった、深くあらゆる要素を含んだ洗練された全体観から生み出されます。 今までの5千年〜6千年の歴史の中で、私達は権力者の横暴さや無知ゆえに、頭の自分勝手な考えに翻弄されながら、宇宙自然界の苛酷さや驚異を体験し、哲学や科学、宗教や美術、医学や教育、法律や道徳、社会制度や組織と、あらゆる分野を生み出し、この自我幻想の二元の分離感の中で、真実を探求してきました。 『知ること』と『成ること』との間のギャップは大きく、幻想を幻想と知りながら、その実質を生き、心からの喜びや充実感を味わうためには、これらの奥に働いている宇宙的な法則・真理・真髄・物事の本質を感じ取れる『感受性』の開発が必要です。 自己中心的で主体性のない自我意識(エゴ)から、魂の中心「本心」への意識転換のことを「ハルマゲトン」とか、自我意識の作り出した時代の終焉という意味で「終末」と呼ばれました。 外部の結果現象を「本体だ」と見誤る自我意識から、宇宙本体とつながっている魂の中心核であり、宇宙的自己である「本心」の存在に気づいて生きる『意識の転換期』を迎えています。 *ギリシャから始まった「個人主義思想」の生み出した「近代自我」と資本主義経済社会が終焉を迎えています。 18世紀にイギリスから世界に広まった産業革命は「工業制機械工業」と、それに伴う「社会構造に変革」をもたらしました。賃金を得られない家事労働を低く見て「女性の地位が低くなり」、家族の結びつきも変化しました。 「仕事時間は自分の時間ではない」という分離意識が作られました。 この『資本主義経済社会』が成熟期を迎えて、物質への限りない欲望は精神的な飢餓感を生み「物心両面の豊かさ」「すべては一つである」という感覚へ移行しようとしています。 本来の人間性を磨く道具である『仕事と人間関係』に変化が生まれています。 「アメリカ的資本主義」と「ソ連・中国の共産主義」が共に成熟して、崩壊を迎えています。 大きければ安心して頼ったり、自分中心的であったり、国家か誰かに依存する生活から、自己内部に主体を確立するように時代は進歩・進化の方向に流れています。 *本当の意味で物事を知るということは、本来の意味を「体験を通して実感的に体得する」ことです。多くの人は、知ることは言葉を大脳に覚え込ませることだと思い違いをしてしまいます。また頭で知ったからといって、知った事をそのまま生きれる状態には簡単にはなれないものです。 また社会構造が待ったなしに結果を期待し要求してくるので、外見だけでも成ったつもりを装う以外にはない時代でもありました。 しかし、「本当に本物に成る」ためには、その実質的な条件を満たす必要があります。 自分の全人生を決める『原因体である本来の感受性を磨き出し』、本来の自分自身である「本心」に目ざめる以外に条件を満たす方法はありません。 *「感受性を磨く」というのは、私達が生々世々に積み重ねてきた、苛酷な自然環境や社会で生き残るために、未熟な物事の受取り方をしてきた蓄積が、無意識の心の中に溜まっています。 これらを解放して、『今ここ』という、この瞬間をあるがままとして受け入れられる感受性を開花させます。 目の前の問題解決の体験を通して、その根拠の法則を体得して知恵にし、『今までも、いつも生かされてきた』という本来の一体感覚をとり戻していきます。 この自我意識(エゴ)の計らいではどうすることもできない無意識の心、潜在意識に蓄積された「濁り」が、イザという時に自分の心の及ばないところで、人生を台なしにしてしまう出来事を引き起こします。 この無意識の根性レベルでは、どんな立派な思想や哲学、教義を頭の中に入れたとしても、本質的な変化を起こすことはありません。 潜在意識のもっと奥の、宇宙本体とつながっている魂の中心である、絶対意識・超想像意識・本心に心をつけて生きれば、現実のどんな問題も、根本から転換し、解消することができます。 どんなに苦しい体験や悲しい経験をしたとしても、間脳に刺激を与えるだけで根性の感じ方や、受け取り方の歪みは、なかなか元には戻らないのです。 この根性の濁りが、本来、全ては一つである在るがままの世界を感じ取れなくさせ、自我意識(エゴ)の計らいを増長させ、目に見える結果現象にとらわれさせるのです。 *目の前の状況や出来事をどのように感じ、どのように受け取ったかが、次のアクションを決めています。 この感じ方が濁った色であれば、濁った受け取り方をし、濁った結果を生み出す行為につながります。 濁った色の結果現象を見て「どうしてこんな事が起きたのだろうか?」と、いくら悩んでみても、目の前の結果現象は変えることができないのです。 「目の前の物事に対する感じ方そのものが自分自身」ですから、感じる本体そのものの曇りを根底から払拭しない限り、現象をいくら批判し、分析しても起きてくる現象の内容を変えることはできません。 まぎれもなく自分そのものである『瞬間に感じてしまうしかない実感の本体』が、行為を起こすのですから、この実感の原因である自分が信じ受け入れている『考え方・信念』を特定し、自分が望む現象を生むことのできる『新しい考え方』に変えます。 今まで少なくとも2千年〜3千年の間、人類はこの真の幸せの可能性を追い求めてきました。 人は外へ外へと求めて行った結果、魂のリアリティ実感に生きる状態とはかけ離れた「自我の迷いの世界」を作り出しました。   時代は今まさに、私達人類のしがみついている自我意識の追求が作り出した本末転倒した「偽りの価値観」に大転換を迫り、苛酷なまでに魂一元の実感に結びついた『当たり前の感覚』への変化を要求しています。 人生をどうとでも変えられるのは「今ここ」しかありません。 過去の習慣の、条件反射に流され、因習を固辞して過去に生きたり、どうなるかも分からない未来を夢見て今ここを失うことなく、「身体と心と魂が一体となった一元の世界観に立脚」すれば、食べるための労働が成長の喜びとしての仕事となり、生活はシンプルで豊かな体験となり、外部に巻き込まれることはなくなります。 集中が深くなると、多様な価値観の世界はお互いに絶妙に共存して、バラエティに富んだ社会を構築していることに気づきます。 人種や性別を越えて、似た価値観や対極的な価値観の人達が集い、科学や哲学、芸術や宗教を特別な世界としてとらえるのではなく、日常生活の中に豊かさや教養として、その人らしく溶け込んで創造表現されていきます。 *自我意識(エゴ)というのは、次々と繰り出してくる『過去の経験の記憶』に過ぎず、実在性はありません。 このことが理解できていないと、まだ知っていない事に出会ったり、新しい体験をするたびに不安や恐れを感じてしまいます。 その不安や恐れの反動として、実体のない希望的願望を持つようになります。しかし、魂本体は新しい体験や出会いをこおどりし、楽しみ、喜んで体験をしていきます。 外部の情報や自己中心的な考え方によって作られた自我意識は、自分勝手な思い込みの妄想世界であり、過去の体験に基づいた考え方や外部現象に条件反射する反応状態で、普遍的真実である本質的根拠を持ちません 決めつけや限界そのものであり、この自分勝手な思い込みの蓄積が、特徴や癖として現れます。 自分という固定された自分というものは本来ないのです。 条件反射する習慣が悪い訳ではありません。家に帰るのに「私の家はどこだったかな」といちいち考えなくては帰れないのでは、不便です。魂一元の世界観は、相反する対極の考えが深い想いの中で一つに溶けて必要に応じて現れます。 *心の安らぎ、真実の愛、知恵、至福感、存在意味、平和や調和感覚は、外部にあるものでも外部から来るものでもなく、魂の中心にすでに在るものです。 本音と建前とに分ける次元から、頭であれこれと考えて心で『思う』ことと、言葉にして『言う』ことと、『行い』の三つの統合は自我の妄想世界から脱出する出口です。 それは同時に、本来の魂の自己、「本心」を生きる新しい次元への入口でもあります。 物事を概念として『知る』知識と、物事を体験して理解して『そう成る』こと、無私・無執着で油断なく『行う』ことの三つが一つに融合した状態が本来のあるがままの魂の本体です。 *恐れや迷いというのは、物事の本来の成り立ちや原因を知らない無知から起きていますから、普遍的で本質的な認識で追い払うことができます。 一瞬も固定した時というのはなく、常に時事刻々と『変化』をしていますので、定まったものは何もないのです。                  想いが現象化するのには時間がかかります。 現象化する絶妙な時というのは、すべての条件が満たされて成るべくして成ったという自然な状況や状態です。 無理をして、もぎ取ったものは、必ずその後で反動が返ってきてバランスします。 これが『作用反作用の働き』と呼ばれているものです。 目の前の一歩一歩の積み上げは、一見、時間とエネルギーの無駄で遠回りのようですが、この経験は時と共に、本心に目覚めるための推進力となります。 本心に目覚めた後になされる「無理な一歩の努力」は、無理ではなく、その時の意図が純粋なのでバランスしており反動は起きません。 *年を取ることだけは、才能に関係なく誰もがそうなっていきます。 単に生きてきた長さだけでは、今の時代に生まれてきた意味を完遂したことにはならないのです。 「一体、何を信じて生きているのか」という根源的な内実を問われます。 体験を通して得られた経験者の知恵は、人類の財産になります。 地球の自然環境を破壊し、生活上のルール違反をする人が多いからといって法律や制度を変え、地球外空間に住める努力をしたとしても、これはまた別の問題で、根本的問題解決にはなりません。 この地球上に、今住んでいる私達一人一人の意識が進化し、感受性が精妙にならない限り、どんなに表面的な手を打っても、一時的な対処では解決されない課題や問題です。 古いものは淘汰されて、地震や災害の天災、悲惨で残酷と思える出来事の人災は、良い悪いではなく、成熟期の清算・浄化作用です。新しい時代を創造するための因習や古い考え方の破壊であり、地球や人類の成長進化のリズムです。 崩壊してゆく外部現象に意識を向けていると、将来への不安や身の危険、恐怖を感じますが、現象の奥にある時代の流れの本質的意味を理解すれば、崩壊する浄化現象に翻弄されることなく、自分のなすべき課題を見つけて準備し、目の前の行為に最善を尽くすことができます。 『今ここ』を、最高の喜びと感謝の時として、卒業すべき消え去るべき過去の結果である現象に執着することなく、自己の中心「本心」を見失うことなく、新しく高い意識感覚に挑戦していきます。 [本当の事を知る] *この世の中に、どんなにたくさんの知識や情報があったとしても『これからの時代を自分はどう生きたらいいのか!』という、この一点に関してはどこにも書かれていません。 これからの時代をどう生きていけばいいのかは、自分でつかんでいくしかないのです。その為には何がポイントになるのかを学び、その答えのある宇宙本体とつながっている魂の中心「本心」に聞きます。 有史以来、一番人間らしく生きれる時代を迎えています。 *「宇宙の摂理法則・時代の流れ」や「自分の生まれてきた意味」を知らないことが、悩みや恐れ、疑いの原因となっており、幸せや喜びを感じることを出来なくさせています。 悩みや問題の本当の原因を知りながら、それを直せないことや出来ないことの苦しみは、後でそれらを克服する時節の推進力となり、真実を生きることの醍醐味を倍加させてくれます。 無駄な経験や体験というのは、何一つないのです。 人間は「本当の事を知れば」おのずとそれを理解しょうとし、消化して体得しようとするメカニズムが備わっています。 まず真実や興味を魅かれる事を知ること、知識を学ぶことが出発点となります。 真実を真実として受け取れない意識感覚の感受性は、苛酷な体験を通して目覚めるようになっています。 不変の宇宙法則や生きる目的、現象の奥にある原因が分からないということは、問題の根本解決のない、出口のない苦しみの暗闇をグルグルと回っていることになります。 この、どうしようもないマイナスエネルギー状態が、ある臨界点に達するとハプニングが起こります。 「どうしてこんな事になったのだろうか…」と、真実の答えを得ようとする「良心のうずき」が原因を追求するキッカケとなり、出会いを起こし、事象を引き寄せます。 物事の選択に迷ったり決めかねた時は、どちらかを選択してみるという「決断」によって、その体験や結果を通して、それが自分にとってどういう意味を持っていたのかを知ることができます。 物事を決められない、真実を知ろうとしない優柔不断さや臆病さは、人生を楽しむことや新しい発見を遅らせます。 その反動として、大切なものを失うという体験をします。このバランスを取るための辛いと思える体験は、その魂の成長・進化に必要な要素です。 *対象が存在するからこそ、対象への反応を通して、自分自身も気づいていない無意識の中にある自分の感情(気持ち)や、その元になっている考え方、信念を知ることができます。 無意識の中に蓄積された「自分の考え・信念」は、表面に現象化しなければ、自分の中にあっても知ることができないのです。 それで鏡となる対象が必要なのです。 本来、魂そのものが進化成長するように出来ているので、自然に出会いやハプニングの体験を通して成長の機会を与えられます。 対象というのは、あくまで自分の感情を引き出す触媒・キッカケであって、そのように感じてしまう感情の元を、自分自身が持っていることを教えてくれているのです。 対象そのものが、自分が感じた通りの人であるかどうかはまた別の問題です。 自分の中にそう感じてしまう考え方の蓄積があって、そのように反応しているだけなのに、子供が…、妻が…、会社が…、社会が…、環境が…と、対象に自分が感じているように問題があるのだと勘違いをして、勝手に思い込み、ますます自我意識(エゴ)のトリックから抜け出せなくなります。 *純粋に物事や現象の真意を感じ取り、一方的に片寄らないでバランスの取れた考え方をするためには、自分勝手な思い込みで価値判断をしないことです。自分の内部の弱さに負けないことです。 対象の意味している「中心ポイント」を感じ取り、良心的で、直観的で、宇宙本体との一体感覚の中にあって、自分の欲求や願いが結果的に対象や周りを活かして役に立つエネルギーの集中状態であるかをチェックします。 自分の過去の弱さに負けない為には、明確な自分にとっての成長の「的を一つ持つ」ことが必須です。 外界の体制や権威、情報やノウハウというのは、自分以外の誰かが体験の中で見つけ出したやり方であったり、至った結果です。 そこに至った人たちの内部探求とやり続けた努力が形に現れたものです。 自分自身の道を見つけていく上での参考にはなりますが、その内実の本質的根拠を洞察し、識別するだけの体験と見識が育っていなければ、表面だけを真似て分かったつもりでいると、実質のともなわないツギハギだらけの、誰かの操り人形のようになってしまいます。 外界の権威や地位、名誉や財産というのは、それらは目的ではなく本体の影にすぎません。 本体は、どこまでも自己内部の『主体の確立』『意識感覚の成熟』にあります。 普遍性の体得を通して個別性を発揮し、魂の直観に任せて生きれる本来の意識感覚に戻ることが生まれて来た意味です。 目の前の仕事に深く本気で関わって、見事に問題・課題をクリアし、自分が心底から願う目標の達成を通して、主体性を確立し、外界の情報や環境に翻弄されることなく、すべてを人生の彩りとして楽しみ、味わうことができる歓喜の集中状態に至ります。 *無意識の中に溜まっている過去の役に立たなくなった古い考え方や外部情報の集積、慣習となっている古いしきたりや守るべき常識だと思い込んできた事柄を一つ一つ再吟味し、「本当にそうなのだろうか」と本質的根拠を問い、今の自分にとって必要かどうか、どうすべきかを判断します。 自分が心底から願う明確な的を持って邁進していれば、不必要なものは自然に落ちていき、選択しなくなります。 最新の情報は、宇宙の全ての情報を持っている宇宙本体とつながっている魂の中心「本心」の中にあります。 それは探求の度合いに応じて引き出され、必要な外部状況を引き寄せます。 目的一点に集中して、意識感覚が鋭く精妙になればなるほど、必要な情報やアイデアは魂の中心から直観として出てきます。 宇宙本体には、制限や分離、差別や停止した状態というものはないのです。 『意識の進化』というのは、体験を通して本質的根拠を理解して、自分勝手な思い込みの無知が溶け、慣習のしばりから解放されるところから始まります。 意識の進化にともなって、食事や睡眠の量や質、生活リズムが変わり、環境や出会いも変化していきます。 [人生の目的] *人生は『自分が心底から喜び、感謝して、幸せだと感じられる現実を創り出すプロセス』にあります。 物事には必ず二つの側面の真実があり、人生の目的も内的な魂の向上である意識進化と、その反映の結果としての外的な創造表現である社会貢献からなっています。 「生きていて本当に良かった」と実感できる出会いや、物心両面のバランスの取れた豊かさを体感していく中で、行為そのものを楽しめる集中力や持続力は養われ、魂の成長に必要な学びは目の前に全てあることに気づきます。 真の幸せというのは、心の中から湧き出てくる無上の喜び歓喜です。 「今ここを絶対大丈夫という魂の安住に生きている宇宙本体との一体感」の中にあります。 世界平和や理想郷というのは、私達とは違う特別な力をもった誰かが、私達が生活をしている社会とは別の、何処かに楽園(ユートピア)や桃源郷を創ることではなく、私達一人一人の心の中に「不動の安らぎと信頼感が築かれること」です。 この心が原因となって、結果として時間差で私達の目の前に現象化しているだけです。 「絶対大丈夫の不動の安住感」というのは、「対象の中心意味との一体感」であり、起きてくる事すべてが、自分にとっても・対象にとっても・全体にとっても最善であるとして、「あるがままを受け入れられる、とらわれのない全幅の信頼感、全託の感覚状態」のことです。 目の前に起きて来る、必然の出会いを、成長の機会とし、問題を課題に変えて受け入れ、マイペースで「生活全般が仕事であるという油断のない生き方」をしている状態です。 *幸せへの第一歩は、まず『自分自身を無条件に好きになる』ことです。 自分自身を本当に好きでなくて、人を愛することも、本当の意味で人の役に立てることもないからです。 この「無条件の好き」は、相対的な好き嫌いの次元を超えた一元的な好きでです。 対象と自分が一つという完全な信頼と自信、主体性の確立された状態です。 心の平安と一瞬もとどまらない躍動的な現実との相反するような状況の中で、内部実感としてバランスし、生きる事が喜びであり、真実そのものであることを知っているという感覚です。 自己の主体性が確立されないままで人を好きになると、相手とは依存関係になります。 また仕事の目的を考えないで生活のために仕事をしていると、会社や組織では、とり替えのきく部品や誰かの奴隷になってしまいます。 依存できない対象に依存してしまうのですから、不本意だと感じるしかない状況や問題を起こし続けます。 この問題を解決していくプロセスで主体性は確立され、魂は目覚めて転換を起こします。 主体が確立されていないと、相手のためにと努力することが、相手の成長やチャンスをつぶして邪魔をしていることさえ気づきません。 情欲を愛だと錯覚し、結果的にギブアンドテイクが利害関係となり、結果として、自分で自分にウンザリするようになります。 自分自身が幸せになって初めて、居るだけで人を幸せにし、社会に貢献し、必要な存在となります。 *自分自身を好きになるには、まず『本当の自分』を知ります。 人は、自分自身を理解した程度の人間に成ります。 自分自身を知らなければ、それ以外の事を知るのにも間違った判断をしてしまいます。 生まれ育った環境や受けた教育、伝統や常識に影響されて、自分はどんな価値観を持つようになったのか、他人や他民族に対する排他性はどんなものか、外界をどんな色眼鏡で見ている自分なのかを知ります。 自分自身を100%信頼し好きになることを邪魔している、不本意な状況を生み出す無意識化した思い込みの考え(信念)を引っぱり出して、意識的に転換していきます。マイナスの思い込みを、「自分が心底から望むことが形になるために必要な新しい考え方」を取り入れ、行為を通して習慣化し、身につけていきます。 過去において、無意識に自分勝手な思い込みで作り出した「これが正しい」「こうあるべきだ」と決めつけた限度や制限、片寄った価値判断、身の周りの事を自分とは関係のない現象だと思ってしまう分離感、恐れや不安の感情を生み出す考え方を解放して『今ここ』の真実を深めます。 不安や恐れの感情を解放するには、その気持ちが起きた『その時』に、そのあるがままの不安や恐れの気持ちを避けるのではなく、自分と同化するまで十分に受け入れます。 食べ物を口に入れて食べれば、食べた物は消化されて自分自身になるように、恐れや不安の気持ちも自分と同化させれば、この感情は自分自身となり自由にコントロールすることができるようになります。 逆に、恐れや不安の気持ちの原因が自分の外部にあると勘違いをし、これら対象から逃げようとすればするほど、どこまでも追いかけてきて脅かされます。 恐れや不安の気持ちが起きた時には、まず「この感情と一体になって」それから「もう自分は十分に成長したし、体験したから卒業します」と言葉に出して解放してやります。こうして、無意識の中にある無知は浄化され解除されます。 *『本体の影』に過ぎない外部の確かそうに見える幻想を信頼して、価値を置いていると、外部の情報や状況に無意識に振り回される体質になります。 これが習慣化すると外部に振り回されていることすら気づかなくなり、自分の弱い感情に流される体質を、自己本体だと錯覚するようになります。 現象や環境を創り出している内部の自分の気持ち・感情と、その気持ちの原因となっている考え方に目を向けます。 宇宙本体とつながっている魂の核である宇宙的自己の『本当の自分』は、知れば知るほど好き嫌いを超えて無条件に大好きになります。 『本当の自分のこと』を「本心」とか「魂の中心」、「真我」、「良心」、「宇宙本体の分身」「神の一部」と呼んでいます。 *自分の考え方や感じ方の責任は、すべて自分自身にあります。 自分以外に自分を傷つけたり、自分から奪うことも、自分を助けたり幸せにできる人はいません。 自分を助けたり幸せにするのは、自分の考え方、心の持ち方です。周りの人はその手助けをするだけです。 未熟ゆえに傷つき立ち止まることは多々ありますが、宇宙本体(神)の分身である私達は、その起きた事の真意に気づき乗り越える力を持っています。この体験を繰り返して意識感覚の器は拡大し成長し、進化していきます。 最優先することは、すべてを生み出している自分の心が魂の中心「本心」について、常に平常心で油断なく、全ての森羅万象に対して優しい思いやりの気持ちと一体感で、「今ここ」を生きる所まで、自分を磨きます。 『今ここという瞬間』に、深く安住していれば、どんな難問や苦しみが降りかかってきても、全てはあるがままでいいと確信でき、最善で対処でき、静かな歓喜の中におれます。 自我意識の変なプライドに負けて、自分自身を必要以上に見せる時には、今の自分とは直接関係のない、若い頃の話や親戚の自慢話、家柄や知名度のある人の話、難しい話題を持ち出して学識を披露します。 今の目の前の問題を見事に解決し、どんな人との出会いも成長のための意義ある関係にし、人の感性に訴える創造作品を提供して、社会貢献できる人間力や人間性こそが、私達の真の実力であり、喜びです。 *惑星「地球」や人間の存在意義は進化・成長して「変化」することです。 私達に過去世(=前世=この世に生まれる前の生)の、別の人生体験があるとしたら、その過去世は進化の法則からすると、今よりも未成熟であり、今の自分は過去の体験の集大成です。 自分の、今の瞬間の反応の中には、過去の全ての体験の成果と未来の芽があるということです。 過去世は全て、今の自分の感じ方や環境、表現行為に現れています。 来世(=次の人生)や未来は、今の自分の実感、行いが創り出すのですから、今の自分の『選択』を見れば、将来どうなるかは予測できます。 行為の大小ではなく、行為の奥にある動機や意志力の質が内容を決めます。 住んでみたい家や乗ってみたい車、楽しみや心地良いと感じること、好きな人や嫌だと感じること、興味・関心のあることや出会う人々、恐れやフッ切れない執着心、才能や特質、性格や癖、体形や健康状態、仕事の内容や人格などは、潜在意識の記憶(感情)が土台となっています。 悪い習慣や古い役に立たないマイナスの考えに気づくには、いつも『貢献意識』を忘れないことです。 目的や目標意識を明確に保ち、最後までやり遂げる努力を通して知恵、神髄であるコツや普遍的法則を体得します。 このプロセスで、集中力やエネルギーは高まり、意識感覚は精妙になり、現象の奥にある原因を洞察できるようになります。 またプラスエネルギー体質となり、新しい考え方や良い習慣を選択できるようになります。 [全ての原因は自分の心にあります] *目に見えない自分の心の想いが、目に見える形へと現象化しています。 病気になったり、事故に遇ったり、外部の人や物に翻弄されたり、人や動植物との分離対立感、物事の価値判断、批判や身分差別などの不本意と思える状況や不自然な感覚を持つのは、自我意識(エゴ)のとらわれが原因です。 自我意識の計らいを超えて、宇宙本体とつながった魂の直観に任せて生きるようになると、必要は程よく満たされ、自分の探求自体が人の役に立つ仕事となります。 また、自分の身の周りに起きる事柄の本質的な意味が理解できるので、今まで問題だと考えていたことは問題ではなくなり、課題となります。 清算し昇華され、浄化作用に過ぎないと分かって、翻弄されなくなります。 〈原因と結果の関係〉 ┏━━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━┓ ┃ 変えられない │束縛し差別する │必要は満たされる ┃ ┃ 二元の世界 │人間関係のトラブル │自分の興味、関心のある事 ┃ ┃ 目に見える形 │仕事が上手くいかない│で人の役に立つ・あるがま ┃┃現象・現実 │病気・事故・天災に遇う│まで生かされた状態 ┃ ┃ ┏━━━━━┓ │ ┌──────┐ │ ┌─────┐ ┃ ┃ ┃結 果 ┃ │ │不本意 │ │ │本 意 │ ┃ ┃ ┗━━━━━┛ │ └──────┘ │ └─────┘ ┃ ┃ │ │ ┃ ┣━━━━↑━━━━┿━━━━━↑━━━━┿━━━━━↑━━━━━━┫ ┃ │ │ ┃ ┃ ┏━━━━━┓ ┌────────┐ ┌────────┐ ┃ ┃ ┃原 因 ┃ = 自我のとらわれ │→ │魂の直観 │ ┃ ┃ ┗━━━━━┛ └────────┘ └────────┘ ┃ ┃ は │損得・所有欲・執着・欲望 に任せる ┃ ┃ 自分の心 │・疑い・無知・怒り・色情・ 良心・本心・全てとの一体感┃┃目に見えない想い │ねた うら むさぼ│ ┃ ┃ 一元の世界 │妬み・恨み・貪り・依存心 知恵の提供・無条件の愛・ ┃ ┃ │ ひがいもうそう │ ┃ ┃ │・被害妄想・他と比べる・ 宇宙法則の体得・一元観・ ┃┃ │人に良く思われたい・ │謙虚・感謝・思いやり・自己 ┃ ┃ │自分の事だけ・本音と建 内部から真実の答を引き出┃┃ │前に分ける・変化を嫌う せる・意志力・病気はない ┃ ┃ ├──────────┼────────────┨ ┃ │ ┃ ┃ │意識散漫で依存体質を→集中体質、主体性の確立へ ┃ ┗━━━━━━━━━┷━━━━━━━━━━┷━━━━━━━━━━━━┛ 魂の進化や豊かな創造表現のために必要な、出逢うべき人や物とはグッドタイミングに引き寄せ、どんな状況の中にあっても、常に感謝と歓喜に満ちています。 その為には、行為の前に『自分にとって成長の意味・目標を一つ』つかんでから、全力投球し、集中力と意志力を日頃から養っておきます。     *直観というのは、頭で考えたり、努力して理解することではなく、直接的な知識、知恵のことです。 宇宙本体とつながっている魂の中心「本心」は、全てのことを知っています。 魂の中心には分離意識はなく、全ての森羅万象と一体でつながっていると実感しています。 *目を覚まして起きている間は、ほとんど外の現象を見ていますから、現象は心の影、人生の彩りにすぎないことや、自然界はあるがままで完璧で、いつも生かされて存在していることを忘れさせてしまいます。 そして外部の結果現象に無意識に流され、自然や現象を恐れるクセがつきます。 一つ一つのプロセスの『今ここというこの瞬間の実感』が全てであるのに、思い出に浸っては過去に生き、どうなるか分からない未来に夢をつないで、今という確実で絶対の真実の瞬間を台なしにしてしまいます。 自我意識は、外部に確かなものがあると思い込んで、いつかは行き着くと一生懸命に頑張って走るのです。 本当は、それは自分の内部に既にあり、外部現実は自分の内部実感が創り出していることになかなか気づかないのです。 [真実の世界] *私達が悩むのは、『仕事』のことか『人間関係』か『お金』の問題です。 これらは、たった一つの原因『すでに生かされていることを信じられない心』である自己不信、宇宙本体への無理解から起きています。 真の原因に気づきさえすれば、問題は根本から解消することができるのですが、浅い自我意識は、深い原因である人間性の質の向上よりも、結果である表面的現象の、目先を変えることで目の前の問題を回避しようとします。 これは自我意識(エゴ)の正当性を強め、この繰り返しはますます原因から遠ざけ、このギャップが大きくなればなるほど、人生は虚しく感じられ、根本原因が解消されるまで不本意と感じる問題が起き続けます。 魂のリアリティ実感と、自我意識(エゴ)の妄想世界とのギャップが大きくなり過ぎると、いのち本体を守ろうとして、安全保護装置が作動します。 弱い所が病気になったり、油断から事故に巻き込まれたり、人間関係のトラブルや仕事が上手くいかない事などを通して「なぜこんなことが起きたのか…」と深く考えざるを得ない状況を招きます。 これらトラブルの結果として、入院をしたり、仕事を離れることで外部環境から隔離され、自分のいのち本体と外部の人や自然は守られます。 本人には、真の原因に気づくための時間と機会が与えられ、真実を求めれば本来の感覚に戻るための出会いが起こります。 それでも真意に気づくことができない時には、最終的には天災を通し気づかせられます。 *自分の心の反映であり、本来は楽しむべき人生の彩りとなる「人との出会いや仕事の内容」、色とりどりの外部環境が創り出されます。 この結果に過ぎない外部の現象に振り回されないで『本体そのものに心をつけて生きる』ためには、仕事への取り組み方や人との交流を通して、本来の目的である集中力や意志力、判断力や感知力を養い、結果現象の奥に働く普遍的真理である摂理の法則を感知できる直観力や識別力を磨いていきます。 不調和な状況や関係というのは、自分自身の中の「不調和な考え方」からきています。 不調和な状況や関係への感情的な反発やシコリがなくなると、このような不本意な状況は、新たに選択しない限り関係をもつことはなくなります。 自分の気持ちや考え方が変わることにより、外部状況も自然に変化してきます。 *逆境や逆縁というのは、自己のバランスを取る為に必要な、順当ではない環境や関係の結びつきのことです。 成長と学びのために無意識に選択し引き寄せます。 自我意識は、その対象を最初は非常に魅力的に感じます。経験していく中で、真実に気づいて不本意だと拒否し抵抗すると、その反動として、ますます上手くいかなくなり苦しむ状況を引き寄せます。 解消されるまで、どこまでも追いかけてきます。 自分自身が学んで超えるべき人生のハードルであり、自己内部に、何物にも翻弄され影響されない、高い意識の不動の境地を構築するしかないことを教えています。 決してそれらとは闘わいません。無私で無執着、無条件の容認の『あるがままとして受け入れる』心境で対します。 この状況や対象は、ほっておけば、それ自身の重みで落ちていきます。 *敵を純粋に愛すれば、相手のマイナスエネルギーを奪ったことになります。 愛された人は「プラスエネルギーで愛したくれた人」を害する力を持たないのです。 それで、相手のマイナスのエネルギーは友好へと変わります。 敵だと認識すること自体が自我意識の迷いです。 悪事に抵抗・反発すると、その悪事本体はその抵抗・反発するエネルギーを肥やしとして肥大化していきます。 抵抗・反発すればするほど、悪意にエネルギーを提供することになり、自分はエネルギーを吸い取られて弱ります。 悪意をやっつける方法はただ一つ、同じ低いマイナス・エネルギーレベルに合わせないで「無視すること」です。 そのためには、プラスエネルギー状態の高い受容の心と識別力を持って誠心誠意で対応します。 どんな人との出会いも、どんな事柄も、自分の成長に必要な出会いとして起きています。 同化すべき、愛すべき外部の自分の片割れです。 お互いに自分の中の、自分の弱さや未成熟さと闘い、最終目的に向かっている手本であり、同胞です。 [心とは何でしょうか!]   *心を顕在意識、潜在意識、絶対意識(超創造意識)の三つに分けます。 ┏━━━━━━━━┓ ┃顕在意識 ┃ 7%氷山の一角 ┗━━━━━━━━┛ 意識する心・頭で考える・思考・思い 理論を知って当てはめようとする・言葉で知って分かったつもりになる 社会性がなく状況に流される・家族のために役に立つ・自分本位 あーでもない、こーでもないと考え、いくら考えても単独では7%の力 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓仕┏━━ メンタルブロック(心の壁・障害) ┃事┃ 生まれてから今までのマイナスの思い込みの蓄積 ┃に┃ 自分勝手に作った自我意識、その意識に苦しむ・うぬぼれ 打┃ 人に良く思われたい・悪く言われたくない・変なプライド 込┃ 仕事が上手くいかない、人間関係のトラブルで分かる ┃む┃ 甘え、見栄、欠点、すぐ飽きる、根本的生き方を変えるしかない ・┃ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 集中 ━━ ┏━━━━━━━━┓ ┃潜在意識 ┃ 93%氷山の水面下 ┗━━━━━━━━┛ 無意識の心・感じる・なぜ!の体験智・過去の感情の記憶・想い より自然に近い感覚・直感的把握をする・相手の事も考えられる より自然智に近い発想・アイデア、ヒントを実際的に応用する 社会的影響力を持つ・表面的状況を変化させる力・プロと呼ばれる ────────────────────────────┓ ┏─── カルマ(=業) 一 ┃ いのちが無始無終の時から、宇宙法則に照らして+と―の 体 ┃ 行為の繰返しの結果・意識的な力ではどうにもならない 感 ┃ 分かっちゃいるけどやめられない・夢で感じられる ┃・┃ どうしようもない不安・現象を起こして浄化する ┃命┃ 何でこんな事が起きるのかというような現象が起きて知る┃が┃ ┏━━━━━┓ ┃ ┃ ━━━━━━━━━━ 魔 境 ┗━━━━━━━━━━━┫け┣━━ ─────────────────────────────┛ ┗─── ・ ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ 絶対意識(=超創造意識) ┃ 志 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ 瞬間のいのちのエネルギーの働きと一体になった念いで生きています   どこに居ても、何をしていても、あるがままで生かされている・空・悟り   生かされている絶対の安住感、何度触れても新鮮で飽きない・真我・自由  人を変化させる真の影響力・世の中にとってなくてはならない存在です *心とは「思い」のことです。 思いには、頭でアレコレと考え、計画を立て、情報を分析する顕在意識の『思い』と、悲しい場面を見ると涙が自然に出たり、好きな人のことを想うと胸がキューンと痛くなるような無意識の『想い』と、直観的で念じれば成るというような絶対意識の『念い』とに分けられます。 「思い」→「想い」→「念い」へと段々と深くなっています。 心はその機会さえ与えれば、肉体は動いていなくても仕事をします。 心というのは、対象に反応して瞬間瞬間にコロコロと変化をします。 思わぬ幸運がめぐってくれば、一瞬で天にも昇るような心地になるかと思えば、職を失ったり、大切な人に去られると一瞬で地獄に突き落とされたような気持ちになります。 この不安定さが、より安定した確実そうなものを求めさせ、意識・無意識的にその方向に引きよせられていきます。 物事の成り立ちや心の仕組みが理解できると、結果現象の目先に翻弄されることがなくなり、在るがままを受け入れて、自分が今、何をすればいいのかが分かります。 *意識する心である顕在意識は全体の7%に当たり、これは氷山の水面上に見えている部分の割合と同じだと言われています。 顕在意識は人生や仕事の計画を立て、必要な情報を収集し、物事を整理し、言葉やいかにして売上を上げるかなど状況の意味している事を考え、目標を一つにしぼって判断をし、今今の選択を決めています。 無意識の心である潜在意識と絶対意識は、氷山の水面下の見えない部分の割合と同じ全体の93%の働きをする力を持っています。 潜在意識が開発されると、自分の願いは叶い易く、自分の専門でのリーダーとなります。 *顕在意識と潜在意識の間にある「メンタルブロック(心の壁)」は、無知や妄想が溜まって層のようになっています。 生まれてから今日までの間に両親や先生、友達や異性に愛されたい、認められ受け入れられたいと無理をしてきた建前や他との比較、またイイカッコをした、その反動の歪曲した考えや自我の自分勝手な思い込みの繰り返しが体質化して、それが蓄積されています。 マイナスの思い込みというのは、本質的な根拠がないことをいいます。自分勝手な妄想を描くことです。 今までに蓄積されたコールタールのようなメンタルブロックの層は、死んで肉体を離れる時には感情の記憶として魂が持って行きます。それが次の人生では、潜在意識と絶対意識の間のカルマ(業)の中に入ります。 このメンタルブロックの厚い層に穴を開け、想いを現象化させる潜在意識に至るには、目標を明確にし、人の成長の役に立ち、仕事や人生に意義を見い出して『一心集中する行為』によって獲得します。 *カルマというのは、「業」とも呼ばれ『行為の繰返し』を意味します。 ある結果を生む原因となった働き・行為のことをいい、その働き・行為が原因で現れた結果のことを言い、行為と結果の間の因果関係のことです。 善い行いの「徳の積み上げでできた白業」と、「勝手な思い込みの行いでできた悪業」とがあり、その人の「選択の傾向性」や「癖」として外部に現れます。 普通カルマ・業と使われる時には、悪業のことを指します。 悪い思い込みの習慣を消そうと思えば、魂の影響力を肉体人間としての生活に意識的におよぼしていきます。 重い病気などカルマの必然的な出会いは、自分の片寄りをバランスさせるチャンスであり、協力して何かをやりとげる事を通して成熟していきます。 不本意と感じることは、前世のカルマの現象化やこの生涯の課題です。そのままを受け入れることで原因は解消されます。 不本意を不幸だととらわれる自我意識(エゴ)は、肉体に執着して、病気を作り出し、事故や災害を呼び寄せます。 不平不満は、無知からくる摂理への反発です。 イザこれから…という時や、いい所までいったのに最後の土壇場でどんでん返しのハプニングが起きて、願いは成らず、関係は壊れてしまうこと等で自分のカルマを知ります。 *現象化してカルマは浄化・消滅していきます。 カルマまでが自我意識の作り出す世界です。 カルマの中には絶対意識との間に「魔境」と呼ばれるカリスマ性や超能力を発揮する層があります。 中途半端な「行・ぎょう」をすることで、途中の魔境に止まり、魔力に魅入られてしまいって、人間本来の目的地である絶対意識の世界に抜け出すことも、普通の生活に戻ることもできなくなる危険な状態になります。 多くの教祖や霊媒さんは、周りに人を集めて無意識に優越感に浸たり、本来、神秘的なものは何もないのに神秘と見せたり、愛に批判はないのに何かを批判してみたりと最後のエゴが切れていない魔境にいる状態です。 他との違いを。髭を伸ばすことや衣食住を庶民とは違え、儀式で表わしたりします。 庶民の意識レベルよりは高いのですが、本当の意味で庶民を引き上げることができないで途中で迷わせ、迷わせた結果として、しがみつかれて、ニッチもサッチもいかなくなります。 強欲な商人が、惨めな最期を通して次に進むように、最後の自我意識を切って、進化に役立つ商品や発明をして、平凡な人生を歩むようになります。 潜在意識と絶対意識との間にできた「カルマの層」は、命がけの使命感や瞑想三昧で突き破り、絶対意識に至ることができます。 絶対意識に至って初めて、人生の普遍的意味や生れてきた理由・意義を知ることができます。 必要は満たされ、どこにいても何をしていてもなくてはならない存在となります。 生活もいたってシンプルで、ごく平凡な普通の人となります。因果法則や生まれ変わり死に変わりの輪廻の鎖からも解き放たれます。 *絶対意識とか超創造意識、第九意識とか悟り意識と呼ばれる直観体質は、昔から人が理想として追い求めてきた最高の意識状態・境地であり目的地です。 武道や柔道、茶道や華道など「道」とつくものは、この境地を体現しようとしたものです。 この境地を探求するプロセスが本来宗教であり、その表現は芸術です。 新しい時代は、これまで人間の理想でありながら特別の世界としてとらえられてきた宗教の悟りや芸術世界の直観表現に至ろうとする体験を、庶民が平凡な日常の生活や仕事の中で豊かさとして味わい楽しむようになります。 *混沌として無秩序で暗闇のような無意識の世界も、雑念や妄念がはがれ落ちて行けばいくほど、無知がとけて、暗闇は知恵の光へと変わっていき、無秩序の中に法則性を見い出していきます。 心は、深海のような静けさの中にあって、至福の喜びに浸ります。 全ての生きとし生けるものとの深いつながりを観じ、魂の絶対大丈夫の心境・境地です。 すべての必要をバランスよく生みす出すことのできる意識感覚でもあります。 恐れている事柄や人、また宇宙摂理・真理を避けることなく、「あるがままとして受け入れて同化していく」と、潜在意識に溜め込まれてきた恐れや憎しみのマイナスの妄想は、剥がれ出て、真の平安や幸せが訪れます。 「恐れというのは」、過去の未成熟な時に、その実体や真相を知らないばかりに間違った考えを受け入れたものです。 恐れているものに近づいて確かめようとすれば、それは実体がないので消えていきます。 無意識は想像力によって働き、言葉や想いの波動、行為を繰り返すことによって定着します。 事柄の理屈を頭でどんなに知ったとしても、どんなに意気込んでも、そうそう出来るようになるものではありません。 反対に、理屈を知らなくても、他の人の真似をして、素直に誠心誠意で繰り返し、繰り返し実行していれば、その内に体が覚えて出来るようになります。 *どんな事も、どんなものも、心底からの願いというのは無条件に叶います。 それは人間が作り出したものでも、人間が与えるものではなく、無限の力・エネルギーをもつ宇宙の法則だからです。 自分の心をコントロールできるようになれば、そうなれば、自分は自分の主人となって、何ものにも縛られることがなくなります。 制限や条件づけされるのは、無知と自我意識(エゴ)の執着からで、これらが実現を遅らせているのです。 人間は、新しく自由な創造表現をすることを通して、宇宙進化の手助けをしている宇宙本体の分身です。 外界の全ては、自分の思考と心理的態度により変わります。 外界や世界というのは自分とは別に存在しているのではなく、自分自身を投影しているのです。 五官の目は外界を自分と分離したものとして見ていますが、魂の目は全てはつながったものとして観じています。 外界の事物は自分を束縛したり、または解放したりはしてくれません。 今の自分の周りの外部環境に対する態度によって、全ては決まって行くだけです。 [夢と睡眠] *夢の体験は、全ては思いの頭脳により創られています。 良い夢とか悪い夢というものはなく、意識・無意識の心身のバランスを取っています。 何かに追いかけられたり、出来なかったりと、みじめで成長していない過去の自分や恐ろしい夢というのは、未成熟な昔の自分を夢を通して浄化し、卒業しているのです。 また眠っている間に絶対意識が体験した直接の印象ではなく、魂が五感を超えた絶対意識に直接ふれたものが、潜在意識に象徴的に投影され、一部が記憶されて夢から醒めても残っ程たり、正夢や予知夢などもあります。 自分自身を磨く努力をし、一つの理想に生きようとして魂の進化を意識していると、夢もより明瞭になり、夢の中の体験を目ざめた世界で活かせるようになります。 理想というのは宇宙本体とつながった絶対意識からのメッセージ、目に見えない価値観です。 理想を邪魔しているのは自我意識の「恐れの思い」です。 夢を活用するには、目がさめた時にすぐ夢を書いて記録します。 この記録を三ヶ月位い続けてみると、目ざめている時の生活とは違った不思議な感覚の世界を体験できます。 夢の中の印象の何か一つを実生活の中で実行したり、夢の中と同じものを実生活の中に見つけてみると、夢の世界が自分の一部としてつながっていると感じられます。 *眠りは、寝ついて30分から40分ころが最も深い眠り(デルター波)に落ち、それがしばらく続きます。 それから寝返りなどが見られ、次第に眠りは浅くなってきます。 まぶたの下で眼球がキョトキョトと動いているレム睡眠(Rapid-Eye-Movemnt・急速な眼球運動)は、脳は目覚めていながら肉体は深く眠っている状態で、この時に夢を見ます。 この逆の状態と他の眠りの状態をノンレム睡眠(ノンは否定の意味)と呼んでいます。 睡眠中はレム睡眠とノンレム睡眠を何度か繰り返しています。 身の危険を防ぎ身体を守るために、体と脳は交替で眠るようにDNAにインプットされています。 脳が眠っている時は、体に緊張が残っており、いつでも反応できる状態になっています。 体が眠っている時は、脳が活動して夢を見ている無意識世界です。 夢は意識できない無意識の魂の旅であり、夢は無意識にまかせ体はグッスリと眠ります。 意識で知る必要のある情報は直観として受け取ります。 *デルター波といわれる夢を見ないでぐっすりと眠っている無意識状態では、絶対意識がオープンになっています。 この絶対意識の力を使って問題を解決し、人間関係を調整し、最新情報やアイデアを持ってくることもできます。 眠る前に、問題や選択に迷っている事、必要なソフトの内容、課題を紙に書いて枕下に置きます。 目ざめた時に最善・最高の答え、返事を受け取ると意図して声に出して休みます。 深い観点からの間違いのない問題解決法や、最高のアイデアを受け取ることができます。 *私達が眠りに落ちる時、アストラル体(肉体と同じ形をした感情体)は、霊の司令室ともいわれる松果腺(松果体)から銀の糸でつながって肉体の外に出て、肉体には生命エーテルだけが残っているといわれています。 また甲状腺からヨードが分泌されて、詰まった7万2千の神経チャンネルを洗い流し、そして脾臓から太陽と月の交差したエネルギーを吸収し肉体の健康を回復させ、これによって昼間活動することができるのです。 左側を下にして眠むっている時は、より現実的で具体的な夢を見ており、右側を下にして眠むっている時は、精神的で安定した夢を見ています。 真上を向いて眠っている時は、どちらかというと暗示的であったり、、想像豊かな夢を見ます。 また極端に楽しい夢や、苦しく恐ろしい夢も見ます。 そして、自然に寝返りを打って心身の健康バランスをとっています。

スポンサーサイト

  • 2019.02.21 Thursday
  • 08:30
  • 0
    • -
    • -
    • -
    コメント
    コメントする








        
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    PR

    calendar

    S M T W T F S
         12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
    31      
    << March 2019 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM