『令和元年おめでとうございます』

  • 2019.05.01 Wednesday
  • 05:29

『令和元年』おめでとうございます!

「平成31年間」ありがとうございました。

まるで、私の人生の切り替わりのようです。

「令和の元号」がスーッと声に出てこなくて、まだ、一旦頭で考えてから「令和」と確認しています。

       ☆  

2019年4月27日に『人生の分岐点にたどり着きました』

日本も平成天皇が譲位されて、5月1日、今日から平成から令和へと元号が変わりました。

天に通じる天皇と言う象徴に守られた時代から、国民一人一人が自立しながら協調できる時代に入ったように感じます。

       ☆  

私自身も、今まで十分に人生の豊かさ、喜びや感謝の感覚を味合わせて頂きました。

この前世や過去の人類の持ったカルマなどの、生まれてきた意味である私の役割り全てを再体験してニュートラル(中庸・在るがまま)にバランスさせてきた様に思います。

外から得た人間の作った価値観や常識からの思い込みを外し、六感の体験からの好みや執着を充分に経験して卒業しと言いますか、新たな無条件の愛と宇宙叡智に包まれたシンプルな生活が始まっているように感じています。

と言いましても、肉体を持ち、この色んな次元を生きている魂の分身たち!の存在している地球での生活は、すこしレベルアップしただけで今までと何も変わらない部分と、ただ一人一人の瞬間瞬間の体験の感覚が違うだけのようでもあります。

私の魂が喜ぶ、人との出会いは「出会って本当に良かったと感じられ」、お金や物は「私のエネルギーの分身として慈しみ充分に豊かさを享受し」、過去世の色んな体験からの苦しみや悲しみ、不安や恐れの感情を喜びへと更に深め、高めて地球や人類の意識進化に貢献していると感じていました!

すべての人たちと同じように、私一人の波動がどんなに小いさい光であったとしても、縁あるすべての人の人生の同伴者として在りたいと想います。

       ☆  

人生は、新しい冒険の連続で、ハラハラドキドキしたり、喜びや感謝に打ち震えたり、いまだ天国と地獄を一つとして感じられるまで、この間の餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩(仏の境涯を生きる人)まで体感しながら、原点の本心を踏み固めて?います。

人間に生まれて、それぞれの役割りの体験を果たして魂は成長し、「すべては一つ」「今ここが全て」「いつも守られ愛され生かされている」と自己や宇宙の完全さに気づきながら、多くの人と出会っていきます。

これからの新しい生活が、どんな人と出会い、どんな仕事内容になっていくのか、また一つ一つを楽しませて頂きたいと思います。

きっと、今まで以上に頭で考えて判断したり、起きて来る事に真摯に対応することは変わらないのかも知れませんが、時代のエネルギーも高くなっている(次元上昇、価値観の多様化)ので、私自身も「今これがいいと思ったことが」次の瞬間、翌日には「これもいいんじゃない」と変化して、決断をするまでに色々と楽しんでいます。

         ☆  ☆

先月、女生徒一人を含む四人の高校生に自立のための「本質学セミナー」をさせて頂きました。

高校生へのマンツーマンのセミナーは、十年以上前にクラス授業をさせてもらっていた時に何度かの経験はあるのですが、複数の生徒さんとの本質セミナーや個人対話は久しぶりでした。

一人の講師希望のお母さんと一人のお父さんに、みなさんの食事や生活面のお手伝いをしていただいて、一人一人の独自性と自立の芽を引き出す役割を果たすことが出来たように思います。

後になって、真意と言いますか、セミナーをさせて頂いた意味、必要性!に気づくことでしょう。

           ☆  

人間として生まれた最後の人生、一つ一つの日々の生活を楽しみたいと、セミナーは卒業させて頂いていた積りなのですが・・・。

私は、プロテスタントのミッションスクールで学び、若い頃に宗教(根本の教え・目に見えない世界の存在)に出会えたことは、どれだけ人生を心豊かにし、普遍性に目覚めさせてくれたことがどんなにありがたかったことかと大人になって気づきました。

一つ一つの小さな日々の生活と本質提供と本心に徹した人生を楽しみたいと、対話以外のセミナーは卒業させて頂いていたのですが、私への天のプレゼントでもあったように思いました。

古い家に嫁いだ母は、人間としての常識的な在り方に厳しい教育ママでした。勉強に興味の無かった自由奔放にしか生きれない私にとって、普遍的な学びに篤く自由に生きた父が大好きで、救いの存在で、私はファザコンでした。、

二人とも肉体を去った今は、事に静かに対話をして体験を共有しています。

           ☆  

長年、企業研修をさせて頂いてきたのですが、矛盾を感じることもありました。

それは、人生の意味を仕事や人間関係に見つけたり、才能に気づかれた人が要職に就かれるのはセミナーをさせて頂いた醍醐味なのですが、20世紀体質のトップや体制だと、新しい感性を使いこなせず、そのために新しい時代の可能性を持った人が他の体験を求めて転職をされ、イエスマンの人が残られて、これが日本の企業体質だと何度かガッカリしたこともあります。

所長さんは、企業の奴隷を作るのは時代に逆行すると潔く止められました。
私は何とか、上司にイエスマンでありながらも創造的感性を開花して頂きたいと頑張ってみました。

この頑張った見返り、ご褒美として、変な理想や期待を持たなくなりました。


        ☆  ☆

太陽エネルギーが強烈で、未熟な時に勝手に思い込んでいた、私の潜在意識に溜まっていた負や正の、自我意識(エゴ)が次々と行為を通して浮上したり、理由もなく体に痛みを感じたり、昔ではご縁の無かった人たちとも出会ってきています。

「えっ、まだ有るの」と思うくらい、次から次へと浄化されたくて現象化し、引き寄せて来ます。

         ☆

正としては、最高の環境の中で、頭では考えられなかった自由な選択とマイペース、好きなことを通して、豊かな生活を時代の波に乗りながら満喫させて頂いています。

男性の性質と女性の性質を自分の中で統合することで、人との関わりも自由になり、今まで体験したことのない喜びや感謝などの、一人の豊かな生活が無限に広がっています。

この体験を通して体感する感覚を拡げていくことが、私の役割りかな!とも思っています。

この喜びがあふれ出て、他の人たちと共有する時が来る予感もしています。

         ☆
 
負としては、「苦労して、頑張って幸せになる」という概念と、今は対峙してハズしている所です。

割と努力家だったので、欲しいものや必要なものを手に入れるために、人の何倍も働いたり、プロテスタント教育のお蔭で、奉仕や献金、人の役に立つことを実践してきました。

それが今「本当に対象の役に立ってたの!」と、成熟しつつある私自身が精査している感じです。

人の悩みや苦しみ、困難というのは、その魂が成熟して強くなるための必須の体験だと気づいたからです。

過去の子供やパートナー、周りの出会った人に良かれと思ってしてきたことが、本当に役に立ったのかと、多くの場面を体験して成熟してきた魂の視点で見つめ直している自分もいます。

宇宙本体である天の、人類の幸せや成長への配慮というのは人知を超えていて、ベストのタイミングで起こる困難や冒険の必然の体験を通して、拡がっていく世界の素晴らしい仕組みに気づかされました。

そしてまた、すべてには意味があり、無駄は何もなく、全ては在るがままでOKなのだとも気づかされています。

         ☆
 
例えば、戦争をして肉親や同胞を失い、悲しみや対象(敵?)への憎しみは募り、この気持ちがある臨界点に達した時に、宇宙本体である天は、慰めと癒しの体験を通して、物事の道理を学ぶ機会を提供してくれます。

戦争の原因が、決して外部(対象)にあるのではなく、自己内部の執着心や無知、貪欲さが現象化して、浄化し卒業するために引き寄せた現象だったと気づける機会を、色んな状況や出会いを通して知らせてくれます。

         ☆
 
世の中や人間の内部には、横道に逸れる誘惑がワンサカあって、それらが目の前に引き寄せられて体験を通して真理に目ざめさせる役割りを果たしてくれていたのです。

多くの人を奴隷にしてきたと言われている「裏・闇の勢力」や宇宙外生命体なども、宇宙や地球の進化のための必然の通り道に過ぎません。

これら外部の情報に踊らされたり、情報は情報として真摯に受け取り、本体である自分自身の、内部の魂の成熟に向けて「行為を通した意識進化」にエネルギーを向けていきたいものです。

心配しなくても、永遠のいのちの存在である、宇宙本体の分身である私たちは、どこまでも生かされ守られ、形を変えながら、必要な体験を通して、楽しめる所まで魂を磨いていきます!

もう一度、平成に感謝、始まった令和の時代によろしく!!

【 新たな出発へ!】

  • 2015.09.11 Friday
  • 08:47

「三度目の正直」という言葉があります。
沢野所長さんから、三度目の自主独立の機会を
与えられました。

私は人生で余り「後悔」をしたことがありません。
油断をして、「あっ、しまった」という体験は、
何度もあるのですが!

取り組む時には、「自分に出来る精一杯で頑張る」ので、
体験を通して成長した後で、過去を振り返えって見ても、
体験時の「未熟だった自分自身やその結果の現象は、
あるがままとして受け入れるしかない」と納得できるのです。


それでか、「反省」も特にはしていないのです。
体験を通して学んだ内容は「次に選択したものを、
無心になって、本気で取り組んでいく中で
活かされているように感じます。


同じような失敗を繰り返す時には、
「思い込みの根っこが深い」ので、
全身で味わって卒業していくようにしています。

善いことも悪いことも、
その「真髄が掴める」までは、
諦められない性格のようです。






一即一切と言われていますように、
「一つの事をやり続けて極めれば、
他にも応用が効く」のです。

どんなに平凡でささいな事も、
その中心ポイントである「真髄」を
掴もうとすれば、徐々に智慧がつき、
無駄や、思い違いの誤解が少なくなり、
横道に逸れなくなってきます。

と言いますか、
「無心に取り組んで真髄を掴もうとすれば」
出会う、どんな現象や体験、情報も、
すべてが足元の肥やし、参考になります。


自分では、この一途なスタイルが自分自身ですから
いいのですが、周りの近しい人ほど、きっと「危なっかしく」
「自分勝手なわがまま」に見えているかも知れません。



昔は、「人がどう思っているのか」が、
とても気になっていました。

「人は自分のことだけを考えていて、
人のことまでは気にしていない」と気づいてからは、
「人にどう思われても、自分が納得できればいい」
と考えるようになりました。

もちろん、同時に、人は「自分のことは棚に上げて、
人のことを批判したがるものだ」と
いう事も承知しています。

「人を批判したつもり」が、
本当は「自分自身をおとしめている」ので、
いずれドツボにはまって、
抜け出すための学び体験を引き寄せ、
新たな次元へと成長していきます。

この手探りの自分のやり方は、
未成熟な時には、「人生を遠回りしているようで、要領が悪く」
「損をしていて苦労が多い」と思えたこともありました。

しかし人生は、自分で一歩一歩と体験を積んで、
歩いていくから身(実)になり、力がついて来るのだと
今は思えます。






10年余り、キリスト教の教育(プロテスタント)を受けたお陰で、
「真理を追求するための言葉を沢山知っていたこと」と
「辛抱をしてやり続けることの出来るエネルギーの高さ」を
持っていたことが幸いした気がします。

真理の言葉を、
現実の体験を通して検証し、
自らの意識感覚とのギャップを埋めていくたびに、
高いけれど粗雑な私のエネルギーは、
少しずつ純粋に磨かれてきて、
まろやかになっているように感じます。

この体験の繰り返しの中で、気づいた事は、
自我意識と言われている「自分の事しか考えない」次元から、
徐々に「自分と周りが一つになっていく」という実感です。

この事に最初に気づいたのは、
無意識に「相手のためを思って頑張った後」で、
それが「私の学びと、喜びにもなっていた時」です。



病弱で恥ずかしがり屋、無口で意志が弱くて
何事も最後まで続かなかった幼い子供の頃から、
「人の奥底の心だけ」は感じとっていました。

人も、私の心を感じているのだと思って、
生きにくい世界だと思っていたものです。

ところが、そうではなくて「人は私の本音が読めていない」
と気づいた時の安堵感は、今でも鮮明に覚えています。

成長に応じ、いろんな体験を通して、
もともと持っていた獲得形質と相まって、
新しい性質が、少しずつ鮮明に現れてきました。

与えられた生活環境、学校や仕事、社会生活の
中で、上手く行かない体験や気になる事は、
私が、この人生で引き受けてきた「課題」「役割り」
を教えてくれているように感じていました。


長じては、多くの人が「つらく、苦しく、悲しい」
と感じている「負の思い込み」を「平常心で、
あるがままとして受けとめられるように」
解除、解放する体験をしていました。

正と負が、損と得が、つらさや悲しさが喜びと
バランスされ、苦しさや憎しみが解放される」
ことがテーマになっていました。

この体験の結果、
「魂は磨かれて強くなっていく」のです。

仕事においては、「必要な新しい創造が生まれ」
人とは、「出会って本当に善かったと感じられる
関係が構築され」ていきます。

それは「宇宙摂理の法則を体得し、体現していく」
ことで、『意識感覚が磨かれて精妙になって、
感情に耽溺する自我意識から、感性へと
変容していたから』です。








【 好きな事を仕事にする!】(6)完

  • 2014.05.21 Wednesday
  • 08:59

早熟な人も 奥手の人も 人と比べて自分を批判したり 傲慢に
なることなく 役割りに徹しながら 自分のリズムとバランスさ
せて 一つ一つを コツコツと積み上げて 成長して行きます

コビーを頼まれても コービーを一杯入れる時も ソフトの制作
や改善をする時も どんな時も人に喜んでもらい 役に立たせて
頂く為には まず自分自身が喜んで 心を込めてさせて頂きます

慣れない間は 人より時間がかかったとしても 要領よくしょう
と考えないで 真心を込めて 喜びを持って 誠心誠意で集中し
て対応していく習慣を 最初から身につけます

どんな事も 心を込めて何度も回数を積み重ねて行けば 身体が
覚えてコツがつかめるようになります 人によっては時間がかか
るかも知れませんが やり続けていれば必ず上手になるものです

何よりも 人はこの「真摯な取り組みの姿勢」の人間性に魅かれ
るのです これが本来の 人としての在り方だと良心(魂)が知って
いるからです



目の前の成すべき事に集中して取り組んでいると その時には気
づかなくても 必ず自分の天命に叶った物や人を引き寄せ 道は
拓けていきます

ヘタであったり上手く出来ないと感じることは 決してマイナス
ではありません そこに努力できる「可能性」と道があるのです 


どんなに時間がかかったとしても 人より下手にしか出来なくて
も そんな事は問題ではないのです 自分にとって必要な基本を
身につけていけば 自分が得意なことも分かり 本道に生きれる
様になります

いつも 今与えられている仕事以外に 自分が生かされる道はな
いのです 功利的な頭だけが 他の人や外と比べて もっと楽で
収入の良い 自分に合った仕事はないかと考えるのです

今与えられている仕事こそが 今の自分の為すべき仕事なのです
今の仕事を深め もっと他の人や周りの役に立つ内容にして行く
努力だけが 取り組むべき大事な仕事です



そして もう この場では この仕事で学ぶことはないと 感じ
る頃には 次の成長の為の出会いや 心引かれる対象や場を与え
られているものです


自分の今成すべき事をおろそかにして 好条件を求める 世間知
らずの無知な自我が 運が悪いとか 身体を傷つけたり 辛いと
思うような体験を引き寄せていることに気づいていないだけです

今ここでの 学ぶべき事が終わっていないと 次に移ったとして
も 同じ質の障害や問題だと感じる課題が 時間経過と共に必ず
起こり どこまでも成長するように機会を与えられます



魂の成長が どこまでも本体です その為の道具として 知識を
学び 生活や 人との出会いや関わり 組織や仕組みも 存在す
る価値があるのです 

これらを磨いて行くことで 道具は目的そのものに昇格します 

この本心に至れば 仕事と遊びの区別は無くなります どんな事
を体験しても 全てを役に立てることができる様になるからです


人間は 全てのものを生かしていくことの出来る存在です!!





【 好きな事を仕事にする!】(5)

  • 2014.05.12 Monday
  • 08:26

好き嫌いを越えて 自分の生まれてきた意味である 人生の必然
性に生きる「天職」は 「人のお役に立ちたい」という『奉仕の
心』から生まれてきます!


起業かサラリーマンか どちらを選択したとしても まず最初は
好き嫌いを越えて 人生と仕事の基本 法則・道理を学びます 


「何を通して人のお役に立ったらいいのか?」と真剣に試行錯誤
する 出発点の心構えと気づき ピーンと来たテーマへの取り組
みの集中力で 人生の大半は決まります

物事は 取り組みへの「本気さ」で決まるからです 天にも通じ
る本気さは無条件です 行くべき所へと必ず運ばれて行きます




この出発点に立つために 家庭での躾けや 学校での教育があり
人生の探求があります

そして社会に出たら いえ社会に出る前から 自分が「これは!」
と魅かれる事柄を 社会に役立つ仕事にするために 納得がいく
所まで 本気で取り組んでいきます 

魂の本気さこそが 道を拓く本体です 一見無意味さや違うと感
じる事も含めてです 目の前に与えられる事であれば 本当は何
でもいいのです それは道具に過ぎないからです

お役に立ちたいというマトモな「人間性」と 何をもってお役に
立つのか 具体的な実践を通して「人間力」は磨かれます




一つ一つの仕事を 結果を出すことに焦りながらも 丁寧に仕上
げていきます それから 出来るだけ早く見事な仕上がりになる
ように努力します 

勿論 他の人と比べるのではなく 自分の成長として 少しずつ
頑張って 古くてかたくなな自分自身に挑戦していきます 

自分にとっての成長の意味(ポイント・テーマ・的)と 達成日
達成時間を決めてから 時間の配分をしながら取り組んでみます 

最初は完璧に仕上げられなくても 形にして確認しながら進めて
いき 次の機会には 前よりも高度に 精密に 納得できる所ま
でトライして 仕上げて成長して行きます


本体は 物事に集中する事によって体験 体得する 感覚にある
からです 仕事の目的は 集中力を高めるためとも言えます 

集中力がある臨界点に達すると 次に目の前の存在との一体感へ
と進んで行きます 最終的には 宇宙本体に繋がっている本心に
至ります




目の前の人は「今どんな気持ちでいるのだろうか」と 自分が
どんなに忙しく 辛く 厳しい状態や 状況にあったとしても
常に平常心と 思いやりの気持ちを失わないで応対できるよう
に日頃から鍛錬しておきます

電話一本受ける時も 書類一つを整理する時も これが全体の
一部として 必要不可欠な部分として 役に立っているという
緊張感と誇り 責任感を持って どんな人に対しても どんな
場においても 何をしていても 常に最善を尽くします



上手くいっても上手くいかなくても いつも相手の為に最善を
尽くし 真心から実践をしていれば 誰かが認めてくれても誰
も認めてくれなくても 自分が自分自身を信頼できて 無上の
喜びとなります

最高の友であり 宇宙本体の分身でもある自分自身を信じられ
ることは 何物にも変えがたい至福感です!

この「至福の喜び」は 生きとし生けるものへの愛や 社会の
お役に立つ智慧 すべての価値あるものを生み出す根源です!!





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